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自己啓発本の森を歩く〜カーネギーを超える本はあるのか??〜

同じような自己啓発本がなぜ多いのか?自己啓発本は何を教えてくれるのか?自己啓発本はなぜ売れるのか?なぜ自己啓発本の内容を実践できないのか?自己啓発本を読みながら考える

あなたの夏目漱石らしさを肯定する〜斎藤孝『知性の磨き方』〜

 

知性ある人とは

知性ある人間とは一言で言って仕舞えば柔軟性のある人といえそうだ。

 

固定観念や常識に囚われていたり、杓子定規にものごとを全てにはてはめてしまう人から知性を感じるのは難しいだろう。

 

批判を受け入れられるかどうかは結局自分が柔軟に変われるかどうかに依存するから、批判を受け入れられる人=知性ある人というのは、やはり柔軟性のある人を意味するだろう。

 

今回読んだのは斎藤孝の『知性の磨き方』(SB新書、2017年)

 

知性の磨き方 (SB新書)

知性の磨き方 (SB新書)

 

 

この本の中で知性ある人のロールモデルとして挙げられているのは、夏目漱石福沢諭吉西郷隆盛、西田幾太郎、柳田國男らである。言われずとも知れたいずれも著名な知性あると思しき人々だ。

 

さて、この本をどう使う??

 

自己啓発本である以上、この本から何かを得て自分の人生をよりよいものにしたいところである。では、このロールモデルから誰を選ぼうか?

 

1番迷うのは夏目漱石だ。夏目漱石レベルの知性ある人になれるなら喜んで何でもするさ、と言いたいところだが、本書によれば夏目漱石は相当に精神を病んだ、というか強迫的なまでに不安症の人物のようだ。当時の日本が抱えていることをあたかも自分のことのように考え、悩むわけだから、それはもう当然に精神に異常をきたす。現代で言えば要はメンヘラなのだ。

 

夏目漱石から何を学ぶか。

 

私はそうなのだが、自己啓発本を手に取る人というのは何らかの悩みを抱えていて、しかもその悩みを人並み以上に悩み抜き、悩みに苦しめられ、悩みからの解放を願う人が多いのではないかと思う。

 

本書では夏目漱石が留学先の英国の生活に馴染めなかったことにも言及されているが(34-38頁)、同時期にやはり海外留学をしていた森鴎外はもっと外向的で、ドイツ人とも付き合えたりするわけで、森鴎外だって知性ある人なのだから、悩みに悩む夏目漱石よりも森鴎外になれる方法を教えてほしいと思ったりもする。

 

自己啓発本とはとどのつまり夏目漱石的な人が森鴎外的な人になりたいという願望を叶えるものではないのだろうか。

 

とすれば、なぜに夏目漱石ロールモデルなのさ、と思ったりもするわけである。

 

夏目漱石まで思い詰める人はさすがに少ないだろうが、自己啓発本を手に取る人は多かれ少なかれ自分の中に夏目漱石っぽさ(悩みや不安が人並み以上に気になってしまうところ)を抱えているとする。こんなロールモデル紹介されたって、こんな人になんてなりたくないって思うか、夏目漱石ほどの人でさえ、ここまで悩むんだからって思えるか、はたまた夏目漱石は悩んだためあそこまでビッグになれたんだから、同じ性質を持つ自分だって夏目漱石並みかそれ以上にビッグになれると思うやもしれない。

 

そう考えると悩むことがはたした悪いことなのかというそもそも論が生じる。

 

正直悩みや不安は苦しい。不安があるから行動できずに後で悔やむことも数知れない。こうしたストレスから解放されて人生をよりラクに生きられらようになりたいというのも自己啓発本を手に取る大きな理由の一つだ。

 

世の中でバリバリに活躍してる人は悩みがなかったり、悩む前に行動できたり、悩みを克服できる術を身につけているんじゃないかって勝手に想像する。みな悩んでいるのだろうし、それこそ人並み以上に悩んでいるのだろうが、ドキュメンタリー番組なんかでは悩む姿は映されても数分で、映像ではどんなに優れた番組でも悩みの深さを視聴者が感じ取るのは難しい。

 

それゆえすごい人はウジウジした悩みとは無縁なのではないかと勝手に想像して、彼我の格差に悩むという悩みの上塗りをしてしまう。

 

だから、夏目漱石でも悩んでいたのであり、それこそメンヘラ並みに悩んでいたと知ることは我が身を労わるうえで有益なことといえそうである。

 

悩みとどう対峙する?

 

ただ、やはり悩みをどう克服して行動するのか、というのは自己啓発本の読者の関心事だろうから、メンヘラ夏目漱石がどうやって、一歩を踏み出せるのか、どうやって感情をエイやとコントロールできたのかというのは大いに知りたいところだ。作家になったということは、何かの文章を書いて人に見せるというプロセスがあるということだ。不安症なら自分の文章なんて、とかどうせ持ち込んだって断れるに決まってると勝手に想像を膨らませて尻込みしてしまうものだ。

 

夏目漱石は故人だからもう彼に直接聞くことはできないが、不安に苛まれたとき彼がどう苦しみ、苦しみながらも前に進んだのかがとっても知りたいと思うのであった。

 

悩みにとことん向きあうのが一つの解決法(もっともそれで悩みがゼロになるわけではない)だとすれば、そもそも自己啓発本なんて読まなくていいんじゃない?ってふと思ったりもする。自己啓発本で悩みを軽くしたいと思うのは、悩みや不安がストレスや苦しみだからであり、その苦しみから解放されたいからこそ、自己啓発本を読むのだ。

 

 (特に精神面で)ラクをしたいと思って自己啓発本を手に取るが、われわれは悩みとどう対峙すべきなのか。悩みから逃げるのか、悩みを無視するのか、悩みに立ち向かうのか、悩みを克服するのか。

 

悩みとどう対峙するかが自己啓発本の永遠のテーマの一つであるような気がして、そして本書の夏目漱石のエピソードは、逃げたり無視するのではなくとことん向き合えという。それが辛いから自己啓発本を読むのだが、そうしたラクな道を選ばず面と向かって対峙したほうが知性ある人間になれるのやもしれない。何事もラクな道はないようだ。

 

さて次は何を読もうか